100年も栄えた小坂鉱山から恩恵をうけて生きてきた地域。
つい最近まで、鉱山で食っていた人がほとんどだったんだ。
つい最近の1990年頃まで存続していた小坂鉱山。ここら辺の地域はその恩恵を受けて生活をしてきました。消費者を意識して物を売るという行為をしなくても収益の道があった地域なんです。今、たくさんのモノがあふれている時代に、何かを「売る」ということは、「買う人の納得」が得られて始めて経済的な恩恵が受けられます。
私たちには、「消費者を意識した改革」を今まさに実行しているところです。
お客様を意識し、生産履歴や農薬についても確実に伝えて、自分たちが出来ることから始めていくことを徹底して行っています。
作物を丹誠込めて育てて、収穫時に作物が応えてくれた時には言葉に言い表わせないほどの嬉しい気持ちになる。これを消費者に伝えるために、やらなければならないことなのだと思うのです。
お客様に「美味しい」と言われると何事にも代え難い。
そういった素朴な一瞬が一番大切で、一番守りたいことだから。
秋田の人は商売が下手だな…って言われるけれど、情報をキチンと開示していれば消費者が見に来てくれる時代です。私たちの農協でも「淡雪こまち」と言って、鹿角のブランドに育てていこうとしているお米があります。仲間と批評を繰り返し、直播きで10年を目標にしており、今4年目になります。徐々に経費を下げてオリジナルブランドを確立させたい。これも全て「売る」というよりは「選んでもらう」ために努めています。
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消費者に安心を届けてくれる農協はありがたい。
お互いに伸びていける関係を築いていきたい。
私は、農協があるおかげで消費者に伝わる「安心」の大きさが違うと考えています。
生産者にとっても消費者にとっても安心の信頼が違うと思うのです。
販売量の違いも農協という組織が合ってこそ。農協があるおかげで、一番大切な「安心食材」ということに、良い意味で気を使わず農業に専念できることは本当にありがたいですね。お互いの信頼を裏切らないように共に伸びて行けたらと思う。
農業全体でも、担い手や高齢化の問題は、大きな課題です。避けては通れない問題。でも、農業をやりたくて、他県から移り住んで就農し、キュウリなどを生産している方もいるのも事実。営農指導や資金面の相談をしてくれるバックアップ体制もあるので、受けれる側もアピールしていかなければならない。市や県、JAなど窓口は多いので農業をやってみたい人にもっとPRしていかなければならないな。秋田の人ってやっぱりPR苦手なのかな…(笑)
本人が「よし!農業をやってみるか!」と飛び込む勇気も必要だと思うけど、新規就農者募集のPRしていかないとな…苦手なんだな(笑)
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稲作といちご。
生きている食物に生かされている。
私は今、13町歩規模でお米を作っています。作付け面積は8.5ヘクタール。総面積の自作地が2ヘクタール。後は全て他の農家から借りて行っています。
その他に、2反歩ほど、促成いちごを栽培しています。ハウス6本ほどの規模です。そのうちの1反歩はロックウール(石綿)で水耕栽培しており、これは土を使わない栽培方法です。
お米が一段落する頃に収穫時期を迎えるいちごは、年間を通して稲作とちょうど良い作業分担。
収穫時期が重ならないことから、平成元年からいちご作りをスタートさせました。
「自分に合った品種」を探し、いろいろ試しながら勉強をしました。
日本海側の日照時間に合う品種だろうか。花は咲くが実がならないということも聞いていたが大丈夫だろうか。味はどうだろうか。生食が主体であるいちごだからこそ、味にこだわりたい。見栄えなども大切だ…。冬の温度調節も大切だ。積雪に耐えられ、温度を保てるビニールハウスも見直さなければ…と、常に疑問を持ち、解決しながら進んできました。
1月から6月頃まで収穫できるいちごは、私たちの生活を支えるもう一つの大切な仕事。
米もいちごも生き物で、手をかけてやればその分ちゃんと応えてくれます。
命ある農作物を育てて、私たちの生活が成り立っていることを思うと、私たちは生かされていると常々思いますね。
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「お父さん、農業やる」という突然の息子の一言。
10年以上のホテル勤めを経て、宣言した息子と共に…。
母と妻と、去年から新規就農した息子と一緒に農業を営んでおりますが、
昨年、息子から「農業をやる」と言って来てくれました。
私も27才くらいまで、普通にサラリーマンをしていた中で、自分で農業の道を選びましたから私から無理に息子に就農の話をしたことは一度もありません。
私は、東京へ出稼ぎに行ったり、地元の役場で勤めたり、板金工場で勤めたり、農業以外の世界を経験し、今があります。農業は無理してやる仕事ではありません。
息子も10年以上ホテルで勤めて、自分から就農を決めました。もちろん、育ってきた環境がそう導いたのかも知れませんが、自分で決めたことです。
農業の現状や仕事としての厳しさを考えれば、就農してくれた嬉しさが半分、不安が半分というのが正直な気持ちです。人生ですから山あり谷ありだとは思うけれど自分で決めたことだからこそ、少しくらいの波があっても進んでいけるのだと思います。
米価が下がっている現実も全国的にみんなが思っている不安だと思うのですが、すぐに、こうすれば良い!と変化をしていくことも難しいのが農業。暗中模索しながら小さな変化を積み重ねから息子と共に農業を守っていきたい。
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