沿岸部と山岳部。どこで、何を育てれば美味しい米になるのかを
過去から学び、過去に甘んじないでしっかり見極めていきたい。
ここ、由利本荘地区は海抜*0〜約400mくらいあります。こんな特徴ある地形の中、「あきたこまち」だけではなくひとめぼれ、ササニシキも生産しています。秋田県内でもあきたこまち以外のお米を栽培している地域としても特徴があるのかもしれません。
美味い米を作るには「そこで何を栽培するのが適しているのか」を見極めて生産していくことも大切。ひと昔「由利のササ(ササニシキ)」といえば、名声を博していました。が、気がついたらささにしきが売れない状態になっていたんです。そんな折、平成5年の冷害。ある農家の方が「あきたこまちがほぼ全滅した中、ひとめぼれだけは何故か良く育った」という。品種によってどんな欠点と良点を持っているかは、結果論として自然が教えてくれることが多い。検討を繰り返し、次の年からひとめぼれの生産にも力を入れるようになった地域なんです。
今では、卸業者の方々に「しんせいさんの米ならどの品種でも欲しい」と言っていただけるようになりました。そう声をかけてもらえることがとても嬉しく、それが消費者のみなさんまで届いて食卓が明るくなっていれば本当に嬉しい。
秋田産の米をもっと美味しく、もっと選ばれる米にしていきたい。
今は、山間部(鳥海、矢島、東由利地区など)はあきたこまち、沿岸部(仁賀保、本荘地区など)はひとめぼれをメインに生産することが適していると指導されています。しかし、過去の経験からもその指導通り作っていれば良いのではなく、自然と対話して美味い米をつくるアンテナを高く持っていたいと思う。
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JA秋田しんせい独自の「土作り実証米」。
自分たちの米が消費者に届いてる喜び、選ばれている実感は原動力。
「由利のササ」(ササニシキ)の品質が落ちてきた理由のひとつに土が痩せてきていたことが上げられました。広域合併したとき(平成9年)にそれぞれの管内の土を全部調べ、経済連(現JA全農あきた)からデータを頂き他の地方と比べてみたら、由利本荘管内の土は、堆肥の投入率などがとても悪かった。県内でも一番下の方だったんです。具体的な検査したら案の定、土は痩せてきていました。経済連さんと相談して、試行錯誤しながら土作りを始めましたが、由利本荘地区の土地にはまだ何か物足りないような感じだったんです。そこで、腐植酸の一種を増やすことに。それが功を奏し、私たちの管内に合った土に仕上がってきました。
土作りは1.2年で結果が出るものではなく、4年くらい経ってやっと「お、土が変わって来たかな」って実感。実際、田おこししているフワッとしてきた土を年々感じることができます。
土が変わると、稲が持っている本来の力が出てくる。すると、丈夫な根は茎、葉をつくり、受光体勢が良く根から養分をたっぷりと吸収できるような強い稲になる。丈夫になれば農薬も減らせる。腐植酸を入れた土づくりを積極的に推進し、平成18年産米は全体面積の76%で土づくりを行っており、私の田でも8割がそうなりました。平成21年には100%が目標です!
また、一例ですが、株式会社どん*さんの全店舗でうちのお米を使っていただいています。視察でグループ内のしゃぶしゃぶ屋さんへ連れて行ってもらったのですが、メニューにちゃんと「JA秋田しんせい土作り実証米」って書いてあるんです。嬉しかったですね。自分たちの米がちゃんとメニューに載っていること。
実は、今まで行った視察では、実感がなかった。自分たちの作った米を扱う人たちが、生産者と同じように米を愛してくれてることは、農業の勇気に繋がりますから。
お米の袋のデザインには色々ありますが、「JA秋田しんせい」「土作り実証米」という言葉が私たちの生産した米には必ず入っています。それを見ると「俺たちの米だ!」って本当に嬉しくなりますね(笑)。
選ばれる米づくりをしっかりしていくことで、消費者に届けてくれる流通業界の方々が潤い、自分たちも豊かになっていきたい。その責任の重さを感じて田と向かい合って日々成長していきたいと思う。
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青年会議所、商工会議所、そして私たちのJA青年部
地域の人たちが一丸となって同じ目的に向かっているんです。
私たちの地域の青年会議所(JC)と商工会議所、JA青年部が一丸となったきっかけは秋田県立大学の誘致を目標にした時です。本荘キャンパスが完成し、その後も「何か地域にできることないか」と常にアンテナ張っていました。そんな時、商工会青年部の「地域ブランド創出事業」の中で「由利牛」がリストに上がった。「よし!これをメジャーにしよう!」と、東京のスーパーや銀座三越などに展開。絶対数が少ないので手に入りにくいですが、希少価値を良い意味でブランド化し、時間をかけて浸透していきたいと思っている。
米も同じ。自分たちが自信を持って作っているお米や食材。そして、守っている環境について、若者の多い3つの団体がまとまっていることはアイディアを形にする上でとても心強いです。目標に対して動くことや、同業以外の仲間から直球の意見をもらうことも、地元の元気を守るうえでいい意味で刺激になります。
常に、井の中の蛙にならないために、情報交換しながら時々みんなで地元産のお酒を囲みコミュニケーションをとっています。アイディアが出てくる時もある大切な時間。美味しい酒を飲むことは、米の消費に繋がるしね(笑)!
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目標は親父。
お祖母さん子だった私は毎日のように「おまえは農家を継がなければならねーどー」って言われ続けていましたし(笑)、家も農家でしたので農業を継ぐことに抵抗はありませんでした。でも、大学を卒業して実際に就農すると「農家って思った以上に大変だ!」って思いましたね。ずっと見てきたのに……。
農家って、何でもできないとダメなんです。親父が当たり前にしていたことが、今はどんなにすごいことが実感しています。農業だけでなく、板金のこと、土木系のこと、機械の整備、測量のこと……色々な事ができなくてはならない。時に大工にもなる親父は、自分で小屋も建てますしね。農家って職人総合職だなって思っています。
自分が就農してから、父は農業の先輩としてとても大きな存在。
感覚で覚えなければならない仕事だから「こんな感じになったら水かけて」という、「こんな感じ指導」がほとんど。仕事が雑だと注意を受けながらも、まだまだ学ぶことはたくさんあります。
目標は親父。昭和6年生まれの親父が守ってきたこの環境には、蛍もどじょうも鳶もサギも鹿もいます。山菜の時期にはワラビやさしぼっこ*が食卓に並び、「田植え終わったら、サギが苗の上を歩いて行ったよ(笑)」と家族と会話をしたり。そんな四季のある会話と安全な食を守っていくこの仕事を、精一杯楽しんで生きていきたいと思う。
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